2010年10月21日 (木)

We love Beethoven  第二回

申し込んだ講座の抽選に入って始まったのは先週から

だったが、初回はゴルフ行きと重なってしまい、

今週の第二回目からの参加になってしまった。

開始より30分ほど早めに行って初回の講座ノートを

読んで追いつこうとしたが30分では足りずに

二回目が始まってしまった。

講座の進め方は歳を追いかける方法だったから

初回は少年時代で、第二回目は25歳から29歳まで。

1770年12月16日(?)誕生の1827年3月26日没は

江戸時代が1597年から1868年なので江戸時代に

ずっぽり入って、ナポレオンが1769年生まれの1821年没

だから全くの同時代だ。

名前は祖父とまったく同じで

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

10歳前の少年時代は宮廷テノール歌手の飲酒癖の悪い

父親から暴力を振るわれながらのピアノの日々を送った。

父親以外からは作曲、オルガン、ヴァイオリン、ホルンの

教育を受けている。

10代で宮廷音楽家になっている。

22歳の時に生まれ故郷のボンからウイーンに出て来て

ハイドンから厳格対位法のレッスンを受けたが本人は

“彼からは何も習って”

という具合で子弟の関係のみではなく、支持者、よき同僚

の面を作っていた。

まだ作曲家ではなく、独自のピアノ演奏スタイルは、

力強く、輝かしく、想像力に富み、聴き手の心を深く

揺り動かす即興演奏で魅了させていた。

教室で聞いた曲は

23歳の作品1番の「ピアノ三重奏曲」で対位法

24歳に作曲のソナタ形式の「ピアノ協奏曲1番」

だけれど対位法もソナタ形式も聞き分けられない。

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2008年12月17日 (水)

天正遣欧(少年)使節団

今回の講座は「天正遣欧(少年)使節団」が渡欧で聞いたであろう

曲の紹介とか帰国後に秀吉の前で演奏されたであろう曲を聞かせて

くれた内容であったが、時代は、この天正遣欧(少年)使節団が

出発したのが本能寺の変があった天正10年1581年のことで

ヨーロッパではルネッサンス期にあたり、バッハの生年が

1685年だから音楽と言ったって、教会音楽や民謡のたぐいだ。

出発して二年後にリスボンに到着するのだが、船上で楽器演奏

の特訓があったらしく、リスボンのエヴォラ教会でパイプオルガン

を見事に弾きこなして大喝采を浴びたそうで、ポルトガル、スペイン、

イタリアの各地を歴訪するなかで“グレゴリオ聖歌”も聞いたであろう。

ポルトガルと言えば今ではファドだが、

♪「牛飼いとお針箱」や♪「ラ・トリコテア・サマルテイン・ラ・ベア」は

日本の民謡“こっちの水は甘いぞ”のメロデイーそのもののように

鉄砲の伝来だけでなく、日本の民謡と交差している。

さらに変奏曲は琴の「六段の調」に影響を与えているのは間違い

ないとのことだった。

秀吉に聚楽第で引見したのが1591年で演奏したのが

♪ジョスカン・デブレ「千々の悲しみ」

♪ナルバエス「皇帝の歌」

であり、この曲はとてもとても白拍子などの音楽とは全然違って

西洋音楽そのものに驚いた。

ここでリスボンへ行った際に見た光景を、

坂の道端で七輪でもうもうと煙をあげながらおばあさんが魚を焼いて

いたのには思わず、ここが本物だったのかと感心しきりだった、

この年は1996年前後。

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2008年11月26日 (水)

やっぱりモーツアルト

この「タイトル」は講座のを使ってある。

これからモーツアルトの簡単な生涯を書いて記憶に留めたいと願っているけど、

前回書いたショパンのことももうほとんど忘れているほどだから

さてどれだけ記憶に残るのか...

6歳であのマリア・テレジアのもとで御前演奏を、

7歳で父親が息子の才能を広く世間に知らしめようと他国へ家族と一緒に

大演奏旅行に、この他国への演奏旅行は就職活動を兼ねて21歳ごろ

まで繰り返し続くが失敗を重ねて定職に就けない。

作曲家ヴエーバーの叔父にあたる歌手の4人の娘の

二女に恋をして失恋、

24歳でヴエーバー家に下宿して三女のコンスタンツエ・ヴエーバーと結婚、

36歳で亡くなる。

講座で聞いた曲は、

元気になれる<アイネ・クライネ・ナハトムジーク>

<踊れ、喜べ、幸いなる魂よ>これはソプラノ

<ハ短調ミサ曲>は宗教曲ながら非常な新鮮な宗教曲で、

このミサ曲は新妻がソプラノを歌っているのを聞いた。

<フィガロの結婚>から第一幕の女性の二重唱。

珍しい<ソナタイ単調>

クラリネットは、このころの新楽器で勿論モーツアルトが作曲をしているが、

シューベルトに

“クラリネットは愛によって溶けてしまった感情を表現する楽器”

と言わしめている!

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2008年11月12日 (水)

フルトヴェングラー

第三回目は「伝説の指揮者フルトヴェングラー」

第九の出だしが誰それは何分、誰それは何分

などと言った指揮者の中でもフルトヴェングラー

のが基本だったような記憶がある。

大まかながら生涯を追っかけてくれた。

古典考古学者と画家夫妻の長子として生まれ

通学よりも家庭教師からの学びを親は選択して

7歳で作曲を試み17歳までに専門家に師事して

作曲していたように指揮者よりも作曲家を目指して

いた。

それが指揮者に比重が多くなったのは、

自ら指揮をしてみたかったこと

ベートーヴェンの音楽と精神に魅了されたこと

父の死去で生活を支えるため

からのようだ。

レパートリーはドイツ音楽だが、特に特別に

ベートーヴェンの真実の姿を提示し続けること

こそ使命として、楽譜を隅々まで知り尽くした

上で楽譜の裏側を表現する演奏を求めていた。

だからこそ、他の指揮者との違いが歴然として

いるのだろう。

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2008年10月21日 (火)

ショパンの音楽

講座の後期が始まって選択したのは前年同期と

同じ、クラシックと「奥の細道」の2講座。

しかし、サラリーマン時代には小説一辺倒で

クラシックにはほとんど全く触れてなかったんだな

とつくづく思う。

今日の講座「ショパン」も学生時代に聞いていた

曲を聞くにつれて、“あぁなんと長いこと触れて

なかったことか”と積み重ねをしてこなかった

その空虚さをひしひしと感じてしまった。

ショパンはその生涯39年をコンサート演奏で

なくサロンでの演奏を選んで、作曲は即興曲を

中心に作風には故郷ポーランドの民俗音楽

ポロネーズやマズルカを取り込んだ曲が多い。

生計がレッスンや楽譜売りだったように

練習曲の作曲が多いが、練習曲と言っても

ショパンのはそのままコンサートで演奏できる

ものであった。あの「別れの曲」も練習曲であった。

優雅な貴族的身なり身上でありながら、

24歳で喀血を起こし、恋愛はすべて壊れた生涯

であったとは...

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2008年9月26日 (金)

第9条:憲法講座

憲法講座もついに第9条を向かえた。

ここは維持死守派と改憲派両論あって、ちょっと

触れただけでも両者並行なまま妥協がなく

大変騒々しい条文なのでここに載せるのを

躊躇したが講義は解釈面なのでブログを

書いてみた。

一項では、宣戦布告の戦争と、武力による威嚇

又は行使を(A)侵略戦争&(B)あらゆる戦争を

解決する手段としては永久放棄する。

二項では、前項の目的達成のために戦力は

保持しない。国の交戦権[(ⅰ)交戦国に国際法

上認められる権利(ⅱ)国家が戦争を行う権利]

は認めない、と言う条文だ。

自衛戦争と認められるのは(A)戦略戦争であって

かつ(ⅰ)交戦国に国際法上認められる権利

と言う解釈が成り立っている。

それを踏まえているのもあるのだろうが、

政府見解が以下の項目について政府の

ホームペイジに載っている。

1 自衛権 2 保持し得る自衛力 

3 自衛権発動の要件 

4 自衛権を行使できる地理的範囲

5 集団的自衛権   6 交戦権

について定義付けているが、この中で

5 集団的自衛権が論争になっている。

国際法上集団的自衛権を有しているものの

9条から、例えばアメリカ本土が戦争でも

自衛隊は行けないが、日本本土が戦争と

なれば日米安保から米軍は応援に駆け付

けるということだから、9条改憲するなら、

日米安保の重要性が薄まり、基地も

縮小縮小となり、日米関係は様変わりとなるが、

親米路線の転換も絡むからさて?

ただ一方、知る権利、プライバシー権、環境権

など近年の概念が入ってないことからの改憲

もありうるだろう。

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2008年7月11日 (金)

民主党と共和党

両党の違いをこの講座で多少でも得たいと

思っていたがその差異になれそうな項目を

挙げてみると。

民主党:クリントン、カーター、ジョンソン、

ケネディ、トルーマン、ローズベルト、ウイルソン

第一次大戦時がウイルソンで

第二次大戦がローズベルト

通算で15人の大統領、通算48年

共和党:ブッシュ親子、レーガン、フォード、

ニクソン、アイゼンハワー、リンカーン

ベトナム戦争がニクソン

アフガンイラクがブッシュ

通算で17人、通算60年

局地的に出て行くのが共和党か。

民主党の創立は、

ワシントン大統領の国務長官だった

トーマス ジェファーソン:独立宣言の起草者

連邦よりSTATE、地方、個中心主義

共和党の前身は、

ワシントン大統領の財務長官だった

アレクサンダー ハミルトン:合衆国憲法の

起草者

国のまとまり、工業商業の発展を期す

どうだろうな、いまのマスコミ報道に接している

際に多少は分かりやすくなっただろうか?

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2008年7月 4日 (金)

アメリカの政治

この講座もあと一回を残すだけになったが

相変わらず事前の講義内容の理解にならない

講義を聞かされて、今回はいつものアンケート

調査があったから“講座で目的は理解できたか

に対して0%だった”と回答し、さらに詐欺に

あったようだと書いて提出したがさて事務局

には分かってもらえただろうか?

当初の目的「アメリカの政治」には全く

触れてもらえなかったがアメリカの歴史は

それなりの聴講だった。

1783 合衆国承認

1861 南北戦争(4年)

1867 10年の再建

1893 大不況

第一次大戦

1920 a chicken in every pot and two cars in

        every garage

1929 10月24日木曜日

1939 第二次世界大戦 ~45年

1940 New Deal

1941 Pearl Harber

好況と不況をみるとやっぱり好景気は

戦争との因果関係おおいに有りというのが

見えるな、

比較して日本は

1603 江戸幕府 1868 明治維新

アメリカの発展のスピードは今の中国

のようなドッグイヤーじゃないのかな?

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2008年6月27日 (金)

オリジナル・サーテイン

「アメリカの政治」講座第6回目でタイトルは

「豊かな社会の理念と現実」

ー 映像にみる市民生活

なのに、この講座は第二回目から今回まで

タイトルを全く無視して講師が勝手に内容を

変えている。最後に事務局にクレームをするが

まあ歴史を聴講するのも好きなんだが

やはりタイトルを見て申し込んでいるからな。

さてこの日もタイトルとは無縁の独立戦争時

の植民地13州の紹介だった。北から

※ニューハンプシャー 水景色が特徴

※マサチューセッツ ボストン 日本に馴染が深い

※ロードアイランド アメリカズカップ舞台

※コネチカット 軍需と教育で平均所得トップ

ニューヨーク

ニュージャージー カジノのアトランテックシテイー

ペンシルベニア フィラデルフィア

デラウェア デユポン一色

メリーランド シャングリア 高級ベッドラウン

        キャンプデービット

ヴァージニア 何でも一番 ジョージワシントン

ノースカロライナ タバコ産業

サウスカロライナ 南部貴族

ジョージア 風と共に去りぬ

ニューイングランドは

※にメインとヴァーモントの6州のこと

ちなみに行ったことのあるのは

ニューヨークにニュージャージー

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2008年6月20日 (金)

アメリカ史19世紀

1865年 南北戦争(Civil War) 終わり

1867年から1877年は10年の再建

(1869年大陸横断鉄道)

1880年 社会の安定が揺るぎ始め

       労働運動が激化

1890年 世界一の工業国

      Frontier の消滅

      Frontier とは 一平方マイルに

      2、3人が居住している地域

      つまり西部開拓が終わってしまった。

     (一マイル:1.6km)

1893年から 大不況

このころから太平洋の島々を領土獲得する

1913年ごろまで帝国主義的外交

南北戦争と言う内戦で戦場だった南部と

未開拓だった西部の開拓をしつくして

海外へ領土獲得するまでをたかだか

35年の歴史しかないとは、!

この歴史は時間的にものすごい早さ、

つまりどの国も辿る歴史をあっと言う間に

体験して経過して行ったことに驚かされる。

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