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2010年6月

2010年6月29日 (火)

ユトリロ展

会場は新宿副都心の損保ビル内にある「東郷青児美術館」を使ったのだが

ここにはかって大枚をはたいて話題になったゴッホの「ひまわり」に加えて

ゴーギャンの「アルルの女」(?)にセザンヌの「りんごとナプキン」を展示して

あるが、保有していたい心理ってなんだろう?

「ひまわり」は圧倒されるが大きさもそれに比例してばかでかかった。

 ユトリロは19世紀後半から55年没なので20世紀中期までの人だが、

印象派の画風は見ていたんだろうか?

恋多き母を持ち父親は誰だかも母親自身が分からないそうで、

大酒飲みのおばあさんに育てられたせいか酒依存症に子供の頃にかかり

精神病院に入退院の繰返しの中で療法として絵筆を持たされたのが始まりだった。

そういうこともあって描かれる絵には人物が描かれてないのが多い。

Img4

この絵には人物が描かれているけれでも。

圧倒的にモンマルトルの風景画が多いのだが、“白の時代”も

“色彩の時代”もモンマルトルだ。

題材にモンマルトルの風景画ばかりなのは入退院の生活だからもある

だろうし、絵葉書をオリジナルにして描いていることもありそうだ。

そんなこともあるだろうからかほとんどの作品から“静謐さ”を受ける。

それから相当なママコンだろうな。

51歳になって63歳の夫人と結婚してからは彼女が画商達との窓口に

なってくれて安定した生活を得られたそうだが、亡くなった後は教会で

日々祈りの生活を送ったけれど対象は母親とジャンヌダルクと言う一般的

でないが我々には残した絵画で感動を与えてくれる。

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2010年6月28日 (月)

梅雨には梅酒

先週の白酒会の話に触れる前に、この時間特に蒸し暑くなっているのは

夜半からの雨が朝方止んで日が差し出した上に午後3時ごろから

また雨になる空模様のせいだろうが、こう蒸し暑いと体調もすっきり

しなくて、さて困ったなあ~と思ったら、そうだ昼日中だけど冷たい水に

梅酒を入れて飲んだらどうだろうと作って飲んでみたら、やはりいける。

気分がすっきりしてきました。

漢字を見ると双方に梅の字が入っているせいだろうか?

Sn3m0097

先週の白酒会は17人も入れば満杯の部屋に19名も参加

表明があったからこりゃギュウギュウだなと覚悟して、

詰めて座っていたら、ドタキャンが二名出てくれて助かったけれど、

それでもいつものことながら盛会だった。

写真は「五粮液」の洒落た小瓶だったので撮ってみた。

今回は一番強いのが青島産の70度(!)もあったりして、それなりに

いい気持ちで駅に向かいながら、若い年代の人たちはどうやら

もう一軒寄ったようだったものの我々老けた年代はそのまま

改札口かなという所でどうも同様にこちらももう一軒の雰囲気で

いつもの菊正宗の樽酒を飲ませるお店へだった。

こう言う時は家にやっとたどり着いて風呂に入ってバタンキュー

なのだが、若い年代のもう一軒寄った人たちの中に奥方さんが

混じっていたはずだが、彼女のブログを覗いてみたら、

なんと当日の夜中にブログを更新していた、すごい!

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2010年6月23日 (水)

台風なみの強い雨

先週末から月曜日までペプルビーチでの全米オープンをゴルフネットワーク

と地上波が生中継していて、しかも時間帯が午前中までと無理をしなくても

見れたのと石川遼君が出場健闘していたので4日間連続して見た。

最終日遼君は失速してしまったが、パーあるいはバーデーが取れなかった技術

から精神面を不安定にしてしまい、立ち直ることなく最終ホールを迎えてしまうと

言うゴルフプレーが持つ特異性をよく覗えさせてくれた。

 “梅雨の晴れ間”通りの暑い日差しに耐えかねて雨が強く当たらない3か所に

梅雨明けじゃないが葦ずを張った。残りは開けてから。

 足の親指の爪を引っかけて割ってしまい、こりゃ膿んでも困るからと早々に

治療に行ってみたら肉と離れた部分がほんの少しだったので殺菌処理で終わり

年甲斐もなく恥ずかしかったが安心も出来た。

 昨日火曜日は降雨量5,6ミリ予報が外れて青空に夜はお月さんまで見えたが

今日水曜日は予報がおお当たり強い雨が降っている。

 裏山の開発も進み、家の裏側の法面は吹き付け処理をしてくれるのは

大変助かるのだが、法面より上側に生えている草木をどうもそのままに

するらしいと話が舞い込んで来たから、開発当初から建設会社には

山からの雨水対策をしてもらうのと草木の剪定をお願いしていたのにと

建設会社へ問いただしてみると、やはり費用の問題で草木はそのままだと言う。

この“そのまま”という言葉も抽象的でよくよく確認してみると、

法面の終わる箇所に生えていて家の屋根まで達している草木は綺麗に

刈るそうで、それよりも上の斜面に生えている樹木がそのままだと言う。

その樹木も随分高くて切ってもらいたいがこちら側までの影響もそう

大きくないのでさらにプッシュする勢い、ねエ、躊躇するところだ。

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2010年6月18日 (金)

ルーシー・リー展

全米オープンがスタートしたが石川遼君は初日をワンアンダー二位タイの

好成績だった。

明日からの三日間をまた楽しませてくると期待したい。

さて六本木にある国立新美術館で21日まで開催中の「ルーシー・リー展」は

その間に生憎東京への飲み会がなく諦めていたら一週間前に昨日17日開催の

飲み会のお誘いがあったお陰で行って来られた。

Img4_0002

パンフレットから作品は白磁に似た白で口の部分があくまで薄く

“静謐で凛”なイメージを持って行った通りの作品を充分に眺めてきた。

この白とは異なった縦線を基調にした「茶釉斜線文コーヒーセット」にも

同じイメージがあった。

Img4_0001

展覧会には音声ガイドを500円で貸してくれるが、これは必ず借りるように

しているのは今回のように初めて接する場合などは特にそうだ。

今回の音声は樋口可南子さん。

展示品の中に釉薬ノートが陳列されていて見たけれど化け学不得意者には

作陶は全然無理だなと納得。

ルーシー・リーはウイーン生まれながらユダヤ人だったために

例によってナチス台頭でロンドンへ亡命してそのままだったから

ロンドンでの自宅工房で作られていた。

その工房の窯は電気窯で、これは会場でフィルムを流していたので

どういうものかを知ることができた。

帰りにはいつものようにカードを買って飲み会へだった。

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2010年6月14日 (月)

梅雨入りしたようだ

紅白両方の梅の木には数年前からカイガラ虫やらがびっしりと枝に幹に

付着していて、かって農薬を吹き付けたが効果が無く、今年はカイガラ虫を

全て枝幹から落として吹き付けてみたらどうかと思ったけど、

しかしすべての枝幹のカイガラ虫を落とすのはよいじゃないので、大幅に

剪定した残った枝幹だけならやる気も出るだうろと。

思い立ったものの実がなっているので剪定時期は実が大きくなる梅雨前まで

待つしかなく、そのタイミングを待っていたら、どうやら今日の月曜日辺りらしい

とのことで土曜日に大幅な剪定をしながら厚いビニールが手のひらに付いている

軍手ですべての虫を落とした。

虫が付いていただけでなく数か所も幹には穴を掘られていた。

落とした後は枝幹に農薬噴射だが風があると散って無駄になるので

当日の土曜日には出来ずに翌日曜にも風があったけど弱かったので

マスクで防御しながら当面の手当を終わらせられた。

これでさてどうだろう方法はあっていただろうか?

使った薬も適していたのかどうか?

要観察だ。

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2010年6月11日 (金)

絵画展

今回は「ボストン美術館展」に。

見終わった感想はあまりに大作が多くて印象が散漫になってしまっているが

これからは例え画集を見ても実物を見たことから異なったものを感じられそうだ。

会場に入って最初の二枚のうち一枚はマネの顔を中心にした上半身の絵だが、

右側からスポットライトをあてたかのような錯覚を起こさせる色彩の画でこれは

まさしく画集では味わいにくいだろう。

並べ方は年代順とか作家順ではなくテーマ別で違いを楽しませてくれる配置だった。

風景、日常生活、肖像、宗教といった具合に。Img4_2 

これはエル・グレコの1605年頃の作品、全体の線が左上から右下に

流れていて何か劇的な感じを受ける。

例によって買ってきたカードは、

ルノワールの「~の子どもたち」1883年頃

ミレーの「馬鈴薯植え」1861年頃

に、加えて初めて見る絵で

ジャン=バテイスト=カミーユ・コローの

「鎌を持つ草刈り人」1838年

これは広い草原と大きな空を背景にして

画面全部を使って草原に座った若い女性の全体像で、

大きな顔を描いているけれど、その顔よりも大きく上半身を描き

さらにそれよりも大きく広げて座ったスカートが描かれている。

何か癒される安定感を与えてくれる。

次はユトリロ展の予定。

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2010年6月 9日 (水)

降られませんでした

お天気の方は大丈夫だった。

前日からの予報は雨から曇りに変わっていたものの当日ゴルフ場まで聞いていた

ラジオの天気予報はお昼前後雨模様で心配したけど、結局雨は帰宅後深夜にだった。

今回のゴルフ場はプレイ仲間にとってだいたい等距離にしたこともあって

初めて行くところだが、廣済堂の経営の上に女子プロトーナメントで使うところなので

期待していた。

そう思い出したが北京では会社の隣が廣済堂出資のゴルフ場だった。

ゴルフ場と言ってもショートコース9ホールに練習場併設の本格的なものではなく

設備も貧弱で邦人はほとんど利用してなかったが。

期待して最初のホールに出てみると両サイドの樹木も立派でフェアウエーも良く

結構な第一印象だった。

ところがこれが2ホール目から段々悪い印象に変わってしまった。

テーグランドからグリーンが見えないホールばかりでこれじゃ非常に安い料金の

コース並みでハーフ終わったところで後半はどうだろう?

良ければ、と期待していたけど駄目だった。

これでリピートなしでまたこの近辺で満足のいくところを探し直しになってしまった。

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2010年6月 7日 (月)

レインウエア

明日がゴルフだと言うのに一週間以上も続いている五月晴れも今日までで

明日は雨の予報。

雨男に変わってしまったのだろうか?

数年間雨にあったことは無かったのに、今年は3月に雨で中止があって、

5月に伊豆での二日間連続プレイだった初日はハーフも出来ずだった。

雨にあった回数は二度ほどで率は低いのだが印象が強すぎるよな。

明日の降雨を時間帯別で見ると、どうやらプレイ中は曇りでその前後が

雨予報だがそんなことで、ゴルフ用のレインウエアを持って無いから、

いよいよ購入しなきゃいけないのかな、と今日買いに行くことにした。

これがまたおもしろいことに、カード会社の昨日のメルマガに

買いに行くつもりのゴルフショップでこのカードで買うと抽選で商品券のバックが

当たるって言うので、現金を止めてカード買いにしよう。

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2010年6月 3日 (木)

たわわなユズ

Sn3m0094

昨年はひとつふたつしか成らなかったユズが今年はものすごい数に

なりそう。

先だってまでは真っ白い花を咲かせていた花弁がユズに変身を始めた。

この相当な数のユズがそのまま全て大きくなるのは無理としてもそれでも

方々に配らなくてはとてもさばききれなそう。

後輩がもう何回かユズ胡椒を作ってくれたが、ユズ胡椒は実が一般的な黄色に

なったからではなくて、青いうちにこそ作るのだが、今年はこれで結構な量を

後輩に作ってもらえるだろうと楽しみだ。

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2010年6月 2日 (水)

半そでに半ズボン

実に気持ちがいい陽気だったので今シーズン初めて半そでシャツに半ズボンで

ジョギングに出かけてみたが、海の公園に着くまでの自転車はさすがにまだ

風が冷たかったな。

それでも半そで半ズボンの解放感はたまらない。

平日なのにバーベキュー場は満杯ほど人が出ていたのは学生達だろうか。

初めてついでに、生まれて初めて包丁研ぎをやった。

砥ぎ石は親のが種類別に4本もあったのを引っ張り出して使った。

出刃に刺身包丁に普通の包丁の3本を研いでみた。

右効きなので右手で柄を持って、始めに表面からなので刃は手前側になって、

向こう側へ押す際に力を入れて、引く際には力を入れない要領で、

裏面になると刃は逆に向こう側になる。

第一回目だったから砥ぐというよりも汚れを消した程度だっただろうかな。

しかしやってみたら意外と難しいくもなく、楽しそうな作業だ。

説明書によれば月に一度は砥ぐそうだから、切れ味が悪ければまたでいいだろう。

さてさて、鳩山首相辞意を幹部に伝えたとのニュースが流れ出した!

TVNHK局から民放も辞意だと流しているがTV朝日のみまだ未確認と言っている。

10時から議員総会招集だそうだからそちらを見よう。

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2010年6月 1日 (火)

黒船の大衝撃

司馬遼の「竜馬がいく」をゆっくりと三回目を読み出している。

幕藩体制の終わりが始まるのは黒船来航からだろうか。

寛永6年6月1853年黒船が現れて、幕府が震え上がり黒船を撃てるのか、

と感じ取った武士達から攘夷論の始まった。

吉田松陰が浦賀と下田で黒船へ密航を企てたのがその翌年1854年。

この1854年には横須賀の三浦三崎の「引橋」辺りを宮田村と言う地元でなんと

ここで竜馬は桂小五郎に出会っている。

井伊の安政の大獄という幕府の力を見せつけたのも束の間、

続いて安政7年万延元年1860年の桜田門外の変で武士達は完璧に幕府が神では

ないんだと感じたんだろう。

黒船来航から王政復古の大号令から鳥羽伏見の戦いの1868年までが

幕末大激動の13年だ。

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