小学校の拡大同窓会
小学校は軍艦“三笠”が横付けされている三笠公園隣接にある学院だったが、
来年の創立60周年に向けて同窓生に当時それぞれの記念品資料の一時
借りたい案内があって、これに応じた人たちに「創立を語る懇談会」への
出席招待が来て、小学校から高校まであるうち、中学からはよそへ出てしまったし、
どうしようか迷ったけど、どうも同窓会会長をしているのが同窓生らしいことも
あって参加してみようと、行ってきた。
卒業が12歳として50年ぶりに三笠公園の手前にあるから外からは眺めてはいたが
敷地へ足を踏み入れた。
当時の校舎はひとつも残ってなく、裏手の境は米軍の病院で境は大きめの金網で
金網越しに芝生に横になっている療養中の軍人に、習いたての英語で声をかけた
金網の箇所は残っていたが、そこにはもう校舎はなく、テニス場になっていた。
かっての校門から前庭や右側の職員住宅、ま正面の校舎の配置などまったく
面影は残ってなく、当時の面影はもう絵葉書だけになってしまっていた。
ばったり庭で会った同窓会会長はやっぱり同窓生のN君であった。
集合会場へ行ってみると、すでに集められた資料が壁に展示されていて、
当日の出席者名簿をいただいて見ると、なんと小学校の参加同期はそのN君と
自分の二人とは、代表のようで驚いた。
創立早々は高等部だけだったようで、その後中学校、小学校が設立された
らしく、出席者名簿にはそれぞれの第一期生が来られていた。
昭和21年生まれで小学校9期だ。
出席者のなかに覚えていた女性の先生がいられて、声をかけてみると、記憶力が
いいのか、亡くした妹のことを切りだされて感動。
4世代のグループに分かれて、当時の教育環境やなにやらをテーマ別に懇談
してきたが、それが来年の記念誌に載るようだ。
センチメンタルジャニー物の午後だった。
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