お遍路
後輩が定年後に突入と同時に昨年の11月にお遍路を始めた。
動機は明かさないので、何の願掛けか、あるいは第二の人生
を祝してなのか分からないままだが、結願してしばらく経ったら
話してくれるかもしれない。
お遍路をやる、と言われて、即、連想したのは、“空海”で
司馬遼の「空海の風景」は、最初に手にした時は、難解で
数頁で放り出してしまった後、95年ごろだろうか読了出来たのは。
02年に北京からの帰国の年に西安へ行ったのは、勿論、
この空海が最後に恵果和尚と会った「青龍寺」を訪ねることだった。
参拝者もお寺さんの人たちも見えない静かなお寺を表、そして裏手と
見学させてもらって、回廊にはめてあった空海の壁画を記念に
写真に撮って、別箇所には讃岐の人たちの記念塔を数本ながめたが、
お寺の場所はちょっとした高台にあって西安市街を一望できるのも
何か意味があるのかと。
お遍路は空海が世に出る前に人間離れした生活を四国の山々で
過ごした跡を追慕するのを根本にしているのだろうな。
そろそろ後輩は結願が近づいたようだが、終わったら一杯
やりながら話を聞いてみたい。
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